2017年07月01日

三内丸山遺跡(青森県青森市)

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【特徴】
時間帯のせいなのか、かなり空いてました。古代の遺物が写真撮り放題なのもビックリ
【住所】
青森県青森市三内丸山
【日付】
2017年6月後半、土曜日の夕方
【駐車場】
使用していないので不明
【遊具】
無し
【トイレ】
有り。普通。

【レポート】
 青森で自営業をやっている友人の招きを受けて、10歳の長男と一緒に行ってきました、青森。
 一言でいいますと、かなり良かった。お勧めです。

 昼に千葉ニュータウン地区の自宅を出発しまして、武蔵野線を経由して大宮から東北新幹線。新青森駅直通で、着いたのは4時30分過ぎでした。なんでも、盛岡から先、新幹線は全席指定ということで「自由席があるだろ」と油断していた私は直前に購入しようとしたら席が殆ど満席だったのには狼狽しました。ちなみに、帰りも同様で、前日に購入したにもかかわらず、ほとんど満席でした。なんでも、「おとなの休日」なるお得なチケットの利用期間で、観光客が増えていたみたいです。青森市内もほとんどのホテルは満室、キャンセル待ちの状態でした。なんのヘンテツも無い土日だったので油断していただけに、ビックリでした。

 それはさておき、新青森駅に下車。千葉ではそろそろ不快指数が上がる頃、青森は涼しくて快適でした。
 最初に目指すは三内丸山遺跡です。
 三内丸山遺跡は、夏期(6月から)は18時まで開館。それ以外の期間は17時まで。新青森着が4時半過ぎだったので、わりとギリギリです。三内丸山までのバス便も本数は少なく、スピード優先、迷わず駅のロータリーでタクシーに乗ります。約10分。千円弱で三内丸山遺跡入口に到着です。
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 10年以上前に一遍、来たのですが、今回行ってみたら、遺跡を取り巻く施設が一変していました。なんだか近代的な博物館の入り口風です。青森が、重要文化財とかナントカいう指定を受けたこの遺跡に力を注いでいるのが分かります。ただ、お客さんは殆どいませんでした。。。夏季以外だったら閉園の時間だったからなのかな。。
 入口。ドーンと大きな縄文式土器がお出迎えです。
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 入園は無料です。脇にロッカーがありますので、旅行の大荷物を置いて、中へ進んでいきます。

 これまでの発掘成果を展示するエリア。
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 ここも無料です。また、展示物も写真撮影可能です。結構立派な展示物でしたよ。東京上野あたりの博物館ならば、間違いなく撮影禁止のレベルです。この一点だけで、私は青森に対して極めて好意的になりました。逆に言えば、いかに青森が三内丸山遺跡の魅力を発信しようとしているか、ということでもあります。
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 三内丸山遺跡は、約5000年前に1000年間に渡って続いた大集落で、考古学の縄文時代観を大きく変えた特別史跡であるということが、分かり易く説明されています。
展示は明るく、説明も平易です。
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 遺跡から、赤漆塗りの木製皿が発見されたそうです。
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 黒曜石で作られた石槍。
 三内丸山遺跡の復元模型。
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 有名な大型掘っ立て柱も立ってます。
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 長男に、展示物についてザラッと説明して、分かったか否かは別にして実物を見せに行きます。展示品の並んでいるミュージアムを抜けると、遺跡が立っています。
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 芝生が生えていて、テントのような竪穴式住居があって、なんとなく、キャンプ場を思わせるものがあります。
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 三内丸山遺跡を象徴する、大型掘っ立て柱を想像復元したもの。
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 柱の側に長男を立たせてみましたが、おっそろしく巨大です。大型の柱が立っていた痕跡は間違いなくあるのですが、本当にこういう建造物が立っていたのか、あるいは、そうではなくて、ただ柱が立っていただけではないのか、とか、もはや想像の域に達する話については、今も意見が割れているようです。まぁ、証拠が無いですしね。 
 もう一つ、大型竪穴式住居。
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 中は、2,30人は落ち着いて入れるくらいのスペースです。
 核家族向け(?)小型の竪穴式住居。
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 中に入れるものもあります。実際に入ってみましたが、昼なお暗し、という感じ。日中は家にいなかった、ということなのだろうかと思いました。
 高床式倉庫の復元。山内丸山の集落では、近くに栗を栽培していた形跡があるそうで、「狩猟採集で生活していた縄文時代」というイメージを覆しました。
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 集落の中央にはゴミ捨て場があって、こんもりと大きな塚のようになっています。塚を掘って横から見ると、1000年以上続いた時代時代の堆積物が地層のように見ることができるという、、そういう写真です。
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 歴史の素養の乏しい長男も、ミュージアムの展示物や遺跡の再現のおかげで、「大昔って、こうだったんだ〜、へぇ〜」という感じになっていました。
 長男がポロリと言った「この遺跡は、いつ人がいなくなったの?」というのが印象的でした。確か、野球場を建設しようとして遺跡(江戸時代から、このエリアには土器が出ることが知られていました)を事前調査しようとしたら、案外とんでもなく巨大な遺跡だったことが分かり、急遽、遺跡の保存を決めた、というような経緯だったと思います。少なくとも野球場を建てようというくらい人の住んでいないエリアだったというわけです。
 相当な人数が暮らしていた、縄文の大都市と言ってもよいくらいの集落が、そのまま現代の都市にスライドすることなく、むしろ人のいないエリアに変わっていったのは何故なのでしょうか。海水面の交代によって交通の便が悪くなって、徐々に人が去っていったのか。あるいは、突然の天変地異や兵乱、政治的な強勢退去、、、素人には妄想できても、推測ができません。

 時間がもっと早ければ、土産物屋や、ボランティアガイド、体験学習なんてのもありますが、閉館1時間前ではすべて終わっています。終始、人がまばらでしたが、おそらくはそれが理由なのでしょう。私は、無くても十分楽しめるので、むしろ良かったですけどね。半独占でしたから。

 約1時間で一通り見終わって、17時57分の三内丸山遺跡経由最終のバスに乗りました(バスの時刻表は三内丸山遺跡の公式HPで確認できました)。300円くらいで青森駅に着きます。


【評価】
アクセス:5/5点
散歩に向いているか:5/5点(入館無料なので、むしろ散歩にも良いです)
子供と遊べるか:3/5点(勉強になります)
総合評価:5/5点(発掘品の撮影OKに対する好意を込めてプラス1点)


【地図】


posted by 江戸川半舗 at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ちい散歩(青森) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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